トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

200218 内省

なんかもう最近全然だめになっちゃって、頑張らなきゃいけないときでもヘラヘラしている。ど〜でもいいよ、と力が入らない。どうしちゃったのと電池ボックスの蓋を開けてバッテリーの残量を確認したいが、その前に呼んでもないのに次の日が来て困る。やらなきゃいけないことが83くらいあり、それが一向に減らない。

 

とはいえ実際に83あるわけではなく、本当に本当のやらなきゃいけないことは週に9とかなのだけど、心理的負担としては83〜1742くらいあるのです。のしかかってのしかかってしょうがない。朝起きて「今日はあれやるぞ〜」と布団の中で拳を握りしめて気合を入れるも、気合を入れなきゃいけない時点でもう駄目。穴でも空いてんのか?ビタイチ動けなくなる。せっかく7時に起きても11時まで虚空を見つめる。見かけ上1742の山を前に処理落ち。そして、再起動した途端に「やることリストの整理」という見かけ上1743番目のタスクが追加される。

 

毎度毎度同じようなことで困っており、我ながらなんて悩みの引き出しが少ないんだと呆れ果てる。院試も卒論も卒制も同じ感じで悩んでいたし、スタジオ課題も同様、そして今回は就職活動か。火の鳥か?未来永劫これで苦しむ羽目になるのだろうか。

 

いやしかし待て。実際のところ「これ」とはなんなのか?言語化してその姿かたちをハッキリさせなくては対峙もできない。考えながら文章を書き、少しずつ輪郭を浮かび上がらせよう。というのがいつもの内省日記であり、今回もまたそれをするつもりだったのだが、いや本当に何回する予定なわけ?飽きましたって。継ぎ足し継ぎ足し秘伝の憂鬱になっちゃってんのよ。何回繰り返せば気が済むのさ。

 

そうか、確かに院試…はまだマシだったが卒論はしんどかったな。なにもしたくなくてかなりの時間を無駄にした。そして卒論がしんどかったとなると、やはり今のこの憂鬱も季節性ってだけでなく、マジのガチの実体を持った一本筋の通った憂鬱となってしまう。そんなもん通底すなーっ!(ズコー)

 

ということで過去のブログを読んでみた。

 

toro-log.hateblo.jp

 

いやね。あーた。これがなかなかよく書けてるのよ…!

自分のダメな所がよくわかってる!さすがトロニー歴23年!

特にここ。

要は①やるべきことが具体的で、②わかりやすい単位に分かれていて、③それを可視化する、ということがぼくのモチベーションを刺激するのだろうか。

これねぇ…めっちゃわかる!!

 

最近就活でエントリーシートを書いていたのだけど、それの要求されるボリュームがすごかったんですね。で、案の定それを前に処理落ちしてしまって頭がフットーしちゃったんですけど、結果なんとか乗り越えたんです。その時にやったのがまさにこれ。名刺サイズの紙に設問を書き写し、全部シャッフルして上からめくっていく。で、その順番に無心で書いていき、一旦書き終わったらその紙を破る…っていう方法。

 

やることをパーツに分け、紙で可視化する。これだけでだいぶやりやすくなったんだよな。

 

ここ数ヶ月くらい自分なりにまともに成長したくて、GTDとか導入しようとしてたんだけど、もっと原始的で見てわかりやすい、手触りのあるやり方がまず必要だったっぽい。紙の一枚一枚を破り捨てないと頭の中が晴れないし、重なった紙の厚みでやっとタスクの数を実感できる。平面上でタスクを把握するのはもう少し先の話かも。

 

そもそも悩んでいるのはタスクの総量とそれぞれの優先度がわかっていないからなのか。書いてて気づいた。タスクを把握することについて考えてたのはそういうことなのね…。自分が何に困ってこんなに苦しんでいるのか分かってなかったのかよ。ぼくは赤ちゃんなのか?24歳児も楽じゃないな…。

 

1743のタスクの山を一度分解し、本当の姿を表すこと。それが今やるべきことっぽい。

その後に、実際26の山だったらそれを1つずつ具体的にクリアしていく。やるしかね〜。

 

それはそれとして第一志望の会社行けるかな〜とか、全部失敗したらもう退路ないんやがとか、おれって一緒に働きたいと思える人間なのかな…とか、就活の悩みもそこそこあってウッ何もしたくない。これに関してはどうなんですか?もうすぐこないだ出したエントリーシートが通過してるかどうかが分かるんだが怖すぎる。情報を集めるとか、できる行動をやる、だけじゃ解決できない気がしている。えっどうなんだろう。わかんない。そもそもやれること全部やったんか?というのは大いにあるな。がんばれてないな〜。一回踏ん切りついたと思ったら改めてうずくまってしまった。就活って大変なんスね。

 

 

 

200127

・研究室に来てからもう4時間近くが経つが、実質なにもしていない。これでいいのか?

 

・A.「いいわけがない」

 

・いや〜困った。ま〜たトロニーくんが駄々こねてるよ。いいからやれ!やるべきことをやれ!!!

 

・何もかもが面倒で、やるべきことがなんなのか考えるのすら億劫。散らかった部屋を前に思考停止するように、タスクの山を前に途方に暮れている。部屋がゴミ屋敷になってしまう人の気持ちがわかる。

 

・今日研究室に来てからやったこと→youtubeを見る、twitterを見る、せんべいを食べる、テプラで遊ぶ、レコーダーをUSBマイクとして使う実験

 

・前からテプラほしいな〜と思っていた。それは単にファイル・フォルダの整理のためだったのだが、最近テプラアートが話題じゃないですか。あれカッコいいな〜って無邪気に思って自分もなんかテプラで出力して〜、と思った次第です。

 

・というツイート

 

・個人的に印象的だったテプラがあって、それはパープルームギャラリーという相模原のギャラリーで見たもの。裏側の階段の手すりに、黄色のラベルが貼ってあって、よくよく見てみると斜体で「ららら」と書いてあった。かなりカッコよかった。

 

・というツイート

 

・あれはなにが面白かったんだろう。「整理された文字で、人に情報を伝える」ためのツールで、伝える意図も内容もない鼻歌を表現するギャップがよかった。

 

・年始にいろいろと決めたルールが瓦解に次ぐ瓦解。「SNSを見ていいのは移動時間中だけ」とか「無駄遣いしない」とか「夜は0時までに寝る」とか「できるだけアウトプットする」とか、意識高く考えていたはずなのにすっかり耄碌してしまった。わしはもうだめじゃ…。

 

・ゴミで溢れかえった部屋で呆然と立ち尽くしているような気分だが、本当に少しずつ、足元の小さなゴミから片付けていくしかない。

 

・そうなんですか?

 

・しんどいな〜。ブログ書いたらちゃんと作業しましょうね。

 

・するぞ!

 

・そろそろブログ書き終わるぞ〜!!

 

・今日の昼ごはん、マルタイの棒ラーメンにしいたけと山盛りのパクチーをトッピングして食べました。おいしかったな〜。棒ラーメンパクチーめちゃくちゃ相性がいい。こないだ行った台湾料理屋さんの麺線と同じくらい美味しかったかもしれない。今のは言い過ぎました。でも半分寝ながら作ったにしては高クオリティだったのではないでしょうか。マルタイさんの企業努力のおかげですね…。パクチーはOKで購入。250円とかだったので、野菜として考えると高いんだけど、薬味として考えたら全然お得。かなり大量に使ったな〜と思ったのにまだまだ残ってる。パクチーといえば、めちゃくちゃ昔、全然知り合ったばかりの人と神保町のタイ料理屋さんのパクチー料理食べに行ったのを思い出しますね。面白くて仲良くなりたかったけど、なんか恥ずかしくてその後全然連絡できなかったな。なんだったんだろうあれ。しかしパクチーサラダとかってあるじゃないですか。ぼくパクチー好きなので全然食べるんだけど、パクチーの本質ってそういうところには表れてこないからサラダにしないほうがいいんだよな。パクチーはやはりあっさりした鶏ガラ系のスープに浮かんでいるのが一番いい。残ってるパクチーもスープにする予定。ただ、スープ好きなんだけど自分の中にレシピがほぼ蓄積されていないのが最近の悩み。みそ汁、コンソメスープ、中華スープくらいしかない。野菜たっぷりのみそ汁をよく作るのだけど、毎日食べてるから流石に飽きてきた。だからたまにポトフっぽくコンソメ入れたりする。が、それも飽きる。スープってほかにどんなのがあるんですか?トマトスープとか?みそ汁くらい簡単なレシピ覚えたい。と思って図書館でスープのレシピが100くらい載ってる本を借りてきました。いろいろ試してみて、気に入ったやつ覚えたいですね。今適当にパラパラめくってみてるけど、見れば見るほどみそ汁の懐の深さよ…となるな。土井先生…。

 

・は〜なんもしたくない。

箇条書き200119

ルノアールにはeduroamが飛んでいて、時間も通信の強度も気にすることなくインターネットに接続することができる。

 

・なぜ教育機関でもないルノアールでeduroamが漂っているのか。

 

・もしかして教育機関なんですか?

 

・その謎は以下のブログで解明されます。各自チェックしてください。

hgot07.hatenablog.com

 

・そんなわけでルノアールに来ている。すこぶる快適である。

 

・最近、喫茶店に行って作業することを覚えた。

 

・もともと自分の部屋では有益なことが一切できなくなるという奇病を抱えているのだけど、この頃は研究室すらホーム化してきてしまい、もう集中できない。せんべいをかじりつつyoutubeばかり見ている。

 

・研究室の人と雑談していて「研究室に来ておいて全く集中できないことって、ありますよね〜」みたいな話題になったのだけど、「youtube延々と見ちゃいがち」ってあるあるみたいに言ったら「さすがにyoutubeは見ないよ笑」みたいに返ってきて衝撃的だった。このドッジボール、顔面OKだったんだ。

 

・研究室は設備が整っていて作業が捗る環境ではあるが、そもそも作業に取り掛かるまでが長い。だに長い。だからぼく自身の問題です。

 

・ダラダラするくらいならお金を払ってでも集中できる環境に行く方がいい。という判断をするようになった。この世は金と知恵ってこと?

 

・eduroamが使えるのは言うまでもないが、ルノアールはどれだけダラダラしていても文句を言われないところがいい(生存バイアスかもしれない)。おしぼり、温かいお茶も嬉しい。

 

・でも高いんだよな〜。ベローチェくらいになってください。

 

角田光代の短編集を読んでいたら、あとがきで「自分は恋人と別れたあとには友人として接する」と言っていた。ちょっとオ〜!と思った。

 

・そういう人間がいるというのは知っていたけど、自分にはできないことだ。恋人に限らず、何らかの形で区切りを迎えた関係を自分から復活させたり、別の関係にスライドするなどして継続させることができない。発想すらない。自然じゃないような気がしてしまう(その自然ってなんなんですか)。

 

・感情よりも、ルールを重んじているのだろうか。自分の中にしか存在しないラベリングにぼんやりと従ってしまうのはぼくの癖です。

 

・本と人間の様々なつながりをテーマとしたその短編集を読んだ後だと、そうか、そういうのもありなのか、と素直に納得することができた。気がする。

 

角田光代の短編集は「さがしもの」ってタイトル。 

さがしもの(新潮文庫)

さがしもの(新潮文庫)

  • 作者:角田 光代
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/09/02
  • メディア: Kindle
 

短編小説の「型」がめちゃくちゃハッキリ出ているところは少し苦手。けど、本が好きな自分に響くものはあった。引き出しの奥、という短編がよかったです。

 

・そんな感じです。最近ほんとうに調子がでなくて自分の決めたことを破りまくっている。まぁそんなこともあるわな、と鷹揚に構えている。

 

・まぁそんなこともあるわな←大事。

200112

ここ数日めちゃくちゃよかった。よかったので箇条書きします。

 

・ぬいぐるみを作ってもらった

・自転車を直した

・その自転車で10km走った

・毎日だいたい11:30くらいに寝ている

・朝は7:00すこし前に起きる

・野菜をたくさん食べた

・玄米食べるようになった←これヤバくないですか?

・近くの公園で懸垂した

・タイマーを使って、上手にタスクを潰していってる

・中トロラジオの編集うまくいった

・ブログも書けてる

・日記も途切れていない

・ガパオライスを作ったが適当に作ったのにおいしかった

・普段使わない、白いリュックを出した

・本を買ったり借りたり読んだりした

・リングフィットアドベンチャーの予約をした

・本棚の模型を作った

・定期券作った

・虎屋のおしるこたべた

・気になるイベントに行った

 

とかなんとか。本当はダメダメなところとか、呆れるようなこともあったけど、おおむねトロニー凄くないか?って気持ちで過ごしていた。この調子でいきたいね。元気で、良識を持ちつつ、少しずつ思い通りにできるように。思い通りにならなくても、上機嫌でたのしくいられるように。

 

管になる

突然変なことを言いますが、人は管になるために生きている。と、思っています。管というのはアレです。中が空になっている棒のことです。人間のやるべきことは管になること。ただのそれだけ。

 

的なことを考えるようになってのはなんでだったか。自分が今まで与えられてきたものが、とんでもない積み重ねの果てに成り立っていることに気づいたからだったと思う。たとえば教育とか、文化とか、遺伝子とか。どれもこれもが何十年もかけて、大げさに言うなら人類誕生以来20万年ほどかけて少しずつ今の形になってきたものなわけだ。ぽっと出の素人じゃない。少しずつ 少しずつ積み上げて磨かれて今の姿になっている。そこには想像できないほどの数の人間が関わっている。それぞれのターンにそれぞれができることを、やりたいことをやって、結果的に次に継承されていく。

 

それは生物全体がそうなのかもしれないけど、教育とか記録とかっていう形で後世に残していくのは人間の特徴なわけです。最近はそれが人の生きる意味なんだろうな〜とぼんやり思っている。前の世代から受け取ったものを、次の世代へと渡す。それが管。流れの一部になる。

 

もっと変なことを言う。流れとはいっても、世界はそんなに流体でもない。形のあるものでできているし、形にしないと残らない。流体なのは自分の頭の中だけ。今までの積み重ねで構築された世界を噛み砕いて、咀嚼して、自分の中に取り込む。そして、そこに少しだけ何かを付け加えて(なくてもいいけど、なくそうと思ってなくなるものでもない)組み立てて形にする。それを繰り返していくと流れのように見える。実際はバケツリレーみたいに地道なことなんだけど。

 

人はなにかと教えたがるし育てたがる。子どもとか部下とか後輩とか生徒とか。あれは本能なんだろうな。さらに言うと継承をテーマにした作品が多いのも、それが人間に通底するテーマだからなんだろう*1。そもそも親子、どころか、人と関わる限り何かを受け取って何かを渡すことは必ず発生するわけだし、それを描かないわけにもいかない。っていうこともあるんだろうけど。

 

なんのために生まれて、なんのために生きるか?受け取ったものにひとつ加えて次に渡す、というのが今のところのぼくの答えです*2。しらんけど。

*1:特に少年漫画に多い気がするがこれはなぜなんだろう

*2:最近は受け取ったものをきちんと咀嚼・吸収できていない気がしていてかなり具合がわるい。意識したい。