トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

質問箱4 - ask.fm / 能力について / 普通の人生

急に凍えるほど寒くなってきて不意に今が12月なんだって思いだしてしまった。年末ですね…。今年もいろいろあったな〜なんて振り返るのには少し早いのかな〜。気が急いてしまって、なんとなく1月から11月までの月まとめを読んでたら自分の好きなものばかりが紹介されててすごくよかったです。微笑ましい。

 

toro-log.hateblo.jp

 

で、ふと質問箱答えてなかったことに気がついてしまったので、年越しちゃう前に答えます!

 

前回のはこちら

toro-log.hateblo.jp

 

 

Q1.ask.fmしないんすか

gyazo.com

聞いてくれるな…ask.fmのこと思い出すと胸がぎゅってなるんだ…

 

ask.fm、高校三年生〜大学二年生くらいのころに流行ってたような気がする、ほぼほぼ質問箱とかと同じサービスです。「あったな〜」って思える人がどのくらいいるんだ。ずっとこういうのあるよね。インタビューズとかね。懐かしいな〜。なんならもっと前から100の質問バトン的な感じであったと思うけど、こういうのって人から聞かれたっていうていで自分語りができるのがいいんだよな。

 

で、そのask.fmなんですけど、特に大学1年生の時にめちゃくちゃ回答してたのです。今確認しにいったら150くらい、しかもそれぞれの質問に最低でも5行くらいの、他の人に比べたら長めの文章で返してる。しかも全部ウケ狙い。ヒッ。若気の至れり尽くせりかよ。めちゃくちゃ恥ずかしい。ウウ〜。テキストサイトのノリの文章ばっかりで気合入ってたな〜。いや今そうじゃないって言い切れないけど、完全にどのサイトから影響受けたか丸わかりで恥ずかしいよ〜!「『ポトフって最高じゃないですか?』っていう質問はもう本当に愚問。聞くだけ野暮。『トロニーって童貞なの?』と同じぐらい愚問。ポトフは最高。おれは童貞。おれが童貞なのは今どうでもよくない?」とか言ってる!!!更にそのあと「(ポトフ)美味しいyo〜〜〜〜〜!!!!!」って叫んでる!!!yoって!!!ヤバすぎる!!アアアア!!!!

 

って感じで心臓がぎゅっとなったり変な声出したりしながらaskのログを見てました。疲れた。それで一個思い出したんだけど、当時Twitterとask.fmの連携を全然してなかったんですよね。数回質問を募集しただけだったと思う。このブログもTwitterのプロフィールにリンク張ってるだけで「更新しました!」的なやつしたことないんですよ、まだ。なので、そこはask.fmとこのブログとか質問箱って一緒なんだな〜って、全然当時から変わってなくてなんとなく気恥ずかしくなりました。なんなんですかね〜。ネット上ではしゃいでるのを知り合いに見せたくない的な予防線なのかな。このブログをいつTwitterでちゃんと言及するべきか、更新するたびに少し逡巡する。

 

は〜心臓に悪い質問だった。ask.fmは黒歴史なのでもうしません!

 

Q2.能力・才能・センス・IQ・偏差値

gyazo.com

 

自分の能力…?ないことでおなじみの、あの?

 

という感じで日頃自分の能力についてはもう無いと思って生きてるのが正直なところです。なんだろう、それは逃げとか慰めなんだけど、一方で発奮の材料でもある。「おれにできないのはしょうがない」と思うためでもあるし、「だからこそ努力しないと!」と思うためでもあるということです。

 

これって自分を卑下しているつもりはあんまりないです。単に「能力」っていうものを過信しててもあんまりいいことないなって思ってるから、だと思う。普段能力について考えることなんてなかなかないので、自分でも探り探りこの文章を書いているところです。

 

なんだろうな〜。だって能力って自分で決めるものじゃないですよね。周りが、自分の行った何かの結果を見て、「この人には〇〇をする能力がこの程度ある」って判断を下すものであって、「自分はこれができます!」って能力を挙げるのは純粋な意味では能力とは言えないと思うのです。能力という名前を結果に名付けてるだけで、結果や中身がないと本来は能力と言えない。なので他人と差がつくといっても、それが本当に差なのか、差だと周りの人もしくは当人が思っているだけなのではないか、という視点はあってもいいと思います。

 

才能・センスも同じで、結局は何をしたかでしか語れないものだと思うのです。でも「何をしたか」で語るのは取扱が面倒なので、そういうラベリングをしてるんじゃないのかな。便利ですよね、名前があると。その能力がある(と思われている)人はそれができる(はず)ってことなので、分類とか判別がしやすい。

 

で、ぼくの能力についてなんですけど、人に評価されるほどの結果をまだ作れていないから、能力なんてないと思っています。その結果をこれから作ったり、能力がある見せ方を考えたりしているところ。そのうち上手いこといけば誰かが(特定の個人かもしれないし、学校や会社などの組織かもしれないし、「社会」とか「世間」とかかもしれない)能力を見つけてくれるんじゃないかな〜。だからがんばんないとね。と、おもいつつも都合よく「自分には〇〇の能力がないから〇〇できないのもしかたがない」なんて自分の傷を舐めるのに使ったりもします。逆なんだよな〜。でもそう考えるのが楽なんですよね。お恥ずかしい。

 

ところで、単なるラベルだとすると、能力を見せかけることも可能なんですよね。結果や成果がないけど才能とかセンスがあるっぽく見せるとか、小さい成果を大きく見せるとか、もしくはある中身を別のものに見せかけて違う能力を偽るとか、そういうことも当然できる。別にそれでも全然いいと思います。あとから中身を詰めたり入れ替えたりできるだろうし。でもずっと違うラベルをはられるのはしんどそうですが…。

 

なんだか比喩が行き過ぎたような気もしますが、こんな感じで考えてるっぽいです。

 

偏差値とIQは機械的に測られた「やったこと」なので才能とかセンスとは違うと思います。完全に比べるための数字。ここで差がつくのはもうしょうがないというか、みせかけたりするのも難しいので受け止めるしかないですよね。単に自分がその指標においてどこにいるかっていう、緯度と経度みたいなことなんじゃないかな〜。他人と差がついたならついたで、どうするか、どこに行くかは自分でその都度ウンウン考えるしかなさそう。

 

Q3.キラキラ輝く学生時代

gyazo.com

 

 

食べたい!!!

 

 

おわりに

ということで質問待ってます。

peing.net

ブログに書いてほしいこととか、悩みとか、知りたいこととか、なんでも結構です!よろしくお願いします。

 

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