トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

劇を見ました

劇を見たので感想です。

 

劇団酒と寿司3rd「同乗者を降ろす」

劇団酒と寿司 (@sakeandthesushi) | Twitter

 

・舞台と演出がとてもよかった

入っていきなり目につくハイエース。舞台の真ん中に堂々と鎮座していたのだけど、これの使い方に感心しました。主人公の実家、各地のサービスエリア、ある施設の搬入口など、いくつかの場面をハイエース一台で表現します。演者が手前のドアから乗り込んだと思ったら服を着替えて背後のドアから登場し、シームレスに別の場面別の人物を演じるなど、普段観劇しないからでしょうか。新鮮な驚きがありました。後部座席の窓を、顔だけが見え隠れするようにしてあったのもコミカルな演出につながっていて楽しかったな。開始直前に演者が談笑しながら全員で乗り込むというのもカッコよかったです。

 

また、劇場全体を使った演出も素晴らしかった。本来劇場として一般的に使われる範囲を超えて、通路や二階の部分、おそらく照明などを調整する際にしか使わないであろうドアなど、空間そのものをうまく使っていたのはさすがでした。前作の劇もドアやスイッチなど、劇中ではそこにないものとして扱われるものを装置として使っていたのですが、今作ではさらにダイナミックに劇に組み込まれていました。演出者の関心をここに感じて興味深かったです。

 

ほかにもドラムセットやiPadのカメラとプロジェクターの映像などの使い方が面白かったな。こういう風に使えるんだ!という驚き。

 

・役者さんがとてもよかった

単純に演技がめちゃくちゃうまくてびっくりしました。リアリティとデフォルメの配合がちょうどいい。喜劇っぽいおおげさなキャラクター(おばさん、弾き語り、迷子、あと並んでる人と売り子)の思い切りのよさも、哲也や晴香などの普通っぽさも違和感なく受け入れられました。

 

個人的には施設に勤める2人がとても好きでした。とくに男の人のほう。声の抑揚や表情がかなり上手だったし、単純に声が好み。カッコよかったです。

 

・音響や照明に臨場感があった

舞台のハイエースを中心にいろいろな場面を表現するって書いたんですけど、その際に音響や照明でそれぞれのシーンを描くわけです。この描き分けがすごかった。おなじ劇場の、おなじハイエースなのに、音響と照明が違うだけで実際に違う場所であるかのように感じる。特にハイエースが奪われて、そのまま走り出してしまうシーンの照明。なにも動いていないのに、高速道路を走り出していくような漫画的なリアリティがアリました。あとスピーカーがハイエースの背後にあって、そこからエンジン音とか鳴らしてるからリアルに聞こえる 的なのもよかったです。なんせ素人なので…。

 

それとBGMとしてラジオの音声使ってたのも、ラジオよく聞く人としては嬉しかったな〜。ジェーン・スー生活は踊るの長峰由紀卒業発表の回を使ったりって そういうのも意図があったりするのだろうか。意図があるように感じてしまう劇団と作・演出なんだよな。

 

・細やかなリアリティとユーモア

たとえば、売店の列に並んでいたのだけど、前の方で「並んでいた、割り込んだ」のすったもんだが繰り広げられてしまったからもういいやって列から外れる人、みたいな、あ〜わかる…っていう細かさがとてもよかったです。こういう細やかなユーモアが全編にわたって散りばめられていて、作・演出や役者のみなさんの観察力とそれを面白がる感性に好感を持ちました。

 

ここでも施設の2人がよかったです。悪意があるのかないのかわからないし言葉自体はやさしいのだけど、妙にトゲを感じる人。嫌な感じの人。いるな〜って思いながら観てた。

 

・ストーリーとテーマに関して

「東京に向かう車」「東京郊外の施設」「過去の実家」の3つの場面がスイッチし、それぞれがどういう関係にあるのかが少しずつ察される前半はとてもワクワクしていました。ドラムセットや人生ゲームなどの道具がどうリンクしていくのかとか考えたり。

 

ただ、中盤以降の展開からなんだか入り込めなくなってしまいました。より直截に言うと、退屈でした。

 

というのも、このあたりから劇のテーマに関わっていそうな単語がかなり直接的にセリフに登場しだしたのです。セリフの応酬から、この劇を作った人はこういうことを考えていたんだな〜というのが説明されはじめる。なるほどな〜と思う。それって演劇としてはどうなんだ?

 

・主張と表現はどっちが先か

知らなかったのですが、そもそも学生演劇、特に駒場で行われる卒業公演は作者の主張や考えていることが強く反映されることが多いらしいのです。これに慣れていないぼくにとっては「なんでそれを客に見せるんだろう」と思ってしまいました。客を呼んだ以上、主張を伝えるとかよりも、客を演劇で楽しませるのが大事なのでは?

 

もちろん主張するなとは言っていません。主張するなら、まず表現を成り立たせてからが筋だと思っているだけです。しかし、「同乗者を降ろす」では中盤以降非常に説明的なセリフが増えてきます。特にクライマックスの対話。搾取、システム、思考停止、割り切る、幸せ、などと言葉にしてしまってはそれまで演劇でやってきた意味が薄れてしまうのではないでしょうか。とてもむずかしいとは思うのだけど、それらの言葉はセリフではなく、キャラクターの行動や小道具など、演劇的要素で回収するべきだったはずです。中盤までに期待を膨らませていたために、余計残念でした。

 

・テーマそのものについて

ここまで言うのは、(表現の感想として不適格かもしれませんが)単に「同乗者を降ろす」のテーマや主張(とぼくがおもったもの)に乗り切れなかったから、という理由があります。ここは実際意図を読み切れていない気もするので、ぼくの言ってることは的外れかもしれません。ただ、正直いってテーマや主張に関して一言で気持ちをいうと「うんざり」でした。

 

無目的に人生を生きたり、大きな流れに身を任せたり、大きい夢を掲げて何もしなかったり、そういう人たちを馬鹿にして自分のことを賢いと思って生きたりする、地方の「ゴミ」。彼らを回収して処理する施設に勤める人。しかし現実はそのゴミも、ゴミより上だと思って生きてた人たちも、全てより大きなシステムの中に組み込まれて支配・搾取されてるに過ぎない。それを認めて、それでもその中で生きていこうとする人、無駄だと知りながらも破壊しようとする人。そして…。

 

これについて結局作者はどう感じているのかは正直わかりませんでした。結論は出ていないのかもしれません。しかしどちらにせよ、こういったものをセリフ中心で(演劇としてのおもしろさ抜きで)見せられるのは正直うんざりなんです。なんというか、すでに多くの人が通ってきた悩み。そして、表現としても見たことがある。歴史としてまぁまぁありふれたものなんです。だからテーマだけで引っ張ることはできません。どうしても表現で肉付けしないと、(そのテーマに触れた経験が少ないひと以外は)退屈に思ってしまうのではないでしょうか。

 

 

・エクスキューズ 

こんなことを言ってもしょうがないとは思います。ぼくがそういった考えを通ってきたからといって、それを今現在まさに通過中、もしくは最近抜けたという人を馬鹿にしたり、「あ〜おれもそうだったわ笑」と、年齢が上であるというだけでマウントを取りたいわけではありません。(もしそうなっているように見えたならすごく残念。そうはなりたくはなかったし謝りたい。)ただ、「ここは多くの人がすでに通ってきたものなのだから、それを表現するのなら、それまでにない何か新しい表現にする/新しい結論を出すなりしないと、見る方は無駄に厳しく見てしまう」と思った次第です。

 

少なくとも作・演出挨拶で佐々木敦未知との遭遇」を持ち出しているということは、そういうことはすでに折込済みなのでしょうか。「すでに誰かがやっている」ことと歴史を参照することと。それは「同乗者を降ろす」で扱ったテーマについてなのか、それともそのテーマの表現なのかはわかりません。ただ、それが既知であること、あるあるであることを自覚しているのなら、どちらにしろ終盤の展開はやりようがあったのではないかと思います。「未知との遭遇」が全然ちがう意味で出したものならごめんなさい。

 

・さいごにまとめ

冗長な文章になってしまいました。申し訳ないです。

 

とにかくまとめると、「同乗者を降ろす」の感想としては

演出や舞台、俳優の演技と音響照明、あとセリフ回しはめちゃくちゃよかった。センスも実力も兼ね備えている。しかし、中盤以降の展開はセリフで説明しすぎていて、テーマが普遍的なのもあって退屈だった

って感じです。見終わったあとはなんだかな〜という気持ちだったのだけど、中盤まではかなりワクワクして見ていました。よくできていたと思います。

 


劇団酒と寿司2nd『ラングドシャをクロス』津島×日野

前作のラングドシャをクロスはすべてが高水準で素晴らしかったな。テーマと演出(小道具とか舞台とかも)が完璧に噛み合っていたし、脚本もセリフも役者の演技もよかった。必見です。

 

なんか本当にえらそうにすみません… 人の粗ばっかり指摘してないで自分もなんか作ってみろって話なんだよな… とほほ

 

以上で終わります…

 

ウッ

 

ある程度ある

ある程度ある

  • ゆnovation
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 これを思い出さざるを得ない劇だったな