トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

岡先生の話

今日も個別指導塾でバイトだった。ここでバイトをするようになって、早いものでもう2年が経つ。さすがにそろそろ「塾でバイトをしている」ということに慣れてもいいはずなのに、未だになんだかピンとこない。ことあるごとに、昔通っていた塾のことを思い出してしまう。

 

その塾には小学6年生の秋から中学3年生の冬まで、三年ちょっとの間通っていた。最初は中学受験のため、中学に入ってからは勉強の習慣をつけるために。今もそうなのだけど、ぼくは家で一切勉強できなかった。だから塾に行く。中3の頃には毎日塾に通い、高校受験の対策をしていたはずだ。じゃないと受からない。中学からの帰り道の途中にあったので、わりと通いやすかったのを覚えている。それでも冬は雪がすごいから、帰りは親に車で迎えに来てもらっていたのだけど。

 

勉強自体はそんなに好きでもない。だから塾に通うのは面倒でしょうがない。とはいえ楽しみもある。塾の隣にインドの雑貨屋さんがあったこと。その前を通るたびにスパイスの匂いが鼻を抜けたこと。教室と自習室の間の壁に穴が開いていて、壁際の席になるたびに少しずつその穴を広げていったこと。ある日その穴が白のテープで塞がれていたこと。塾長の筆箱がけろけろけろっぴの缶ペンケースだったこと。友達ができたこと。こっそりDSを持っていって、授業前に隠れてポケモンで遊んだこと。他校の女子に口笛を教えたこと。近くのサークルKサンクスでリプトンのミルクティーを買ったこと。今でもなんとなく覚えている。

 

印象深い先生がいる。岡先生という。

彼は塾の近くの大学に通う学生で、恐ろしく痩せた長身の男だった。経済学部だったらしいが、本当に経済のことを勉強していたかは疑わしい。一度、大学で使っているというノートを見せてもらったことがあるのだが、オーストラリアの人口密度くらいスカスカだった。体型も歩き方も髪型も喋り方も陰キャだったが、フリーペーパーを作るサークルに所属していたという。嫌々ながらも見せてもらったそのフリーペーパーには、ヘラヘラと笑いながらポーズを決める彼が写っていた。こんな「陽」の集団の中にいて全身が焼け焦げないか心配だった。

 

岡先生と仲良くなって、何冊か本を借りたことがある。バイトとはいえ、塾の先生が生徒に本を貸すのはどうなのかと思うけど、お互い本好きだったので単純に楽しかった。今思えば、この本のチョイスも大学生らしくて笑ってしまうが、当時の自分にとっては知らない作家ばかりで、借りるたびどんな物語なのだろうとワクワクしていたな。どんな本かはここには書かない。だけど、今でも好きな作品ばかりだ。

 

中3になる直前に、岡先生は大学を辞めて実家に戻った。何があったかは知らないが、家業を継ぐらしいとのことだった。その後しばらく会うことはなかったが、卒業シーズン、塾で開かれた中学3年生たちを送る小さな会に岡先生は来てくれた。岡先生に懐いていた(岡先生をナメきっていた)何人かの男子たちは「何しに来たんだよ!」「早く帰れ!」などと笑いながら言っていたが、今思うとかなりかわいそうだな。わざわざ来たのに。

 

とにかく、岡先生とはそれ以来一度も会っていない。ふと思い立ってフェイスブックで検索したこともある。ぼくの知っている岡先生はヒットしなかった。向こうはぼくのことを覚えているのだろうか。覚えていたとしたら、ぼくの名前で検索したりするのかな。だとしたら相当キモいのでやめてくださいね。

 

今自分が小中学生相手に授業をしているのが本当に不思議だ。あのころ、中学生の自分からみた大学生の講師はとんでもない大人に見えていた。岡先生も含めて、みんなしっかりしていて、自由で、楽しそうだった。今の自分もそう見えているのかもしれないな。中身はあのころと何ひとつ変わっていないのに。少しでも背筋を伸ばして授業をする。