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映画感想 - 蜜蜂と遠雷

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映画『蜜蜂と遠雷』公式サイト

 

【あらすじ】

7年前に表舞台から姿を消した元「天才少女」、正確無比で完璧な演奏をする優等生、働きながら最後のコンクールでの入賞を目指す一児の父、そして、伝説の巨匠の、あまりに自由奔放な忘れ形見の少年。それぞれ胸に思いを携えて、ピアノコンクールの頂点を目指す。

 

【感想】

祝日の立川シネマシティで鑑賞。せっかく音響にこだわったピアノ映画なのだから、極上音響上映かと思ってたけど違うみたい*1。客席はほぼ満員。幅広い年齢層でした。60代くらいの夫婦が多くて驚いたけど、休日の映画館ってそんな感じなんですね。楽しそうで微笑ましかったです。

 

それにしても、蜜蜂と遠雷か〜。いい映画でした。

 

そもそも松岡茉優の演技が見たくて映画館に行ったのですが、案の定とてもよかったです。松岡茉優は常に期待を超えてくる。7年前のある出来事に囚われて表舞台から遠ざかっていた元天才少女、亜夜役を演じています。固く心を閉ざしつつも、精神的にどこかまだ当時を引きずっているような、アンバランスな表情が印象的でした。特に前半の疲れたような顔。これたぶんメイクとか照明とかでも演出してるんだけど、松岡茉優の顔がとにかくハッとする。「もうダメかもしれない」「いっそ止めを刺してほしい」って言ってるような、なにか乞うような表情。20歳の役なのに、同時に40歳にも見えるような、重い表情。他のコンテスタントと交流することで少しずつ溶かされ、精神的に成長する様子が美しかったです*2。会話や動きも当然よかったね。

 

ほかの俳優さんたちに関しても上手い人ばかりでした。というか、キャスティングがめちゃくちゃ巧みなのかな。俳優に合わせて書かれたかのように、みんな異常に自然。

 

松坂桃李のサラリーマン奏者も、森崎ウィンの優等生奏者も適役。柔和だけど一生懸命な感じと、裏表がなくてストイックな感じ。どちらも、少し演技しただけで「あ、なるほどな〜」という納得感がありました。

 

ただ、主要登場人物四人の最後のひとり、鈴鹿央士…。これ以上ないくらハマり役なんよな。恐ろしくキャラクターを表現してる。演技が上手いとかではなく、もはや本人。顔が似てるんだよな。もちろん原作には顔なんてないんだけど、でも似てる。一瞬ハットするくらい純粋そうな童顔で、どこを見てるかわからないような目、赤ちゃんみたいに常に微笑んでる口元、ふわふわとした髪…。役柄に合うんです…。劇中でハンディカムで撮影した、取材風景の映像が挿入されるんだけど、この画質の差のせいで10年前の鈴鹿央士のホームビデオかと思ってしまうくらい童顔なので確認よろしくおねがいします。

 

脇役に至るまでみんなちょうどいい。この画像見てください。 「蜜蜂と遠雷」の画像検索結果

これねぇ…。見てない人わかんないと思いますが、全員ちょうどいいんですよ…(なにも言ってない)。ただ、これは映画だけの手柄ではなくて、原作で示されたキャラクター造形が極まっていたからこそできたキャスティングなのかもしれないですね。恩田陸作品の登場人物は結構戯画化されがちなので。とはいえこの適役具合、演技の合わせ具合はよかったです。

 

的な感じで褒めてますが、気になるところもあります。たとえば説明ゼリフ。説明ゼリフがやっぱり野暮ね…。

いや〜…まぁ頑張ってはいるとおもうんですけども…。だって、そもそもの原作がコンクールを予選から最後まで、4人の群青劇として描ききるという大ボリュームなわけで。それを2時間でまとめなきゃいけないのは大変でしょう。しかも説明しなきゃいけないことは山積みです。コンクールがどんな形式なのか、どんな曲を弾くのか、コンテスタントの背景は?いろいろ考えると説明ゼリフがなきゃむしろ成り立たないんだろうな…。責めるつもりだったのに擁護しちゃった…。ただ、それでも多少スマートに描写できたところはあったと思うんですよね…。最初のコンクール予選のところとか、ひっきりなしに説明ゼリフだったもの。

 

とはいえやはり、原作のボリュームを2時間の映画にまとめたのはマジですごい。手腕を認めるべき。分厚い原作を映画の単位に収めるべく、省略を各所でやっています。これがな〜…上手なんよな…。たとえば松岡茉優が演じる亜夜というキャラクターの母親。この人は映画では母親であり、亜夜にピアノを教えた教師でもあるんですけど、原作だと単に亜夜のマネージャー的な役割もしていた、的な感じなんです。別にもうひとり、亜夜にピアノを教えた人物がいる。これを映画では一人にしてるんです。この二人は亜夜の精神にあたえる影響的には基本的に似通ったキャラクターなので、うまくいったんだと思います。

 

で、今紹介したこれってかなり大胆な例なんだけど、他の要素(ストーリー展開やキャラクター描写)もちょうどいい感じに省略されている。たとえばブルゾンちえみ松坂桃李の関係性。なんとなく「こうかな?」と予想できるんだけど、劇中で明言されているわけではない。とか。審査員同士の関係性、YAMAHAのピアノの調律がズレた理由、巨匠がどんな巨匠だったのか。表舞台から姿を消した亜夜が、今回のコンクールに出場する理由とかも結構大きなトピックなのに、大きなトピックだからこそ省略されていて、これもなかなか妙手。はっきりさせない描写、ジャンプする演出、どれも効果的でした。ノイズがだいぶ減ってスムーズに伝わってくる。言えば野暮になる。

 

ともかくそんな感じです。最後に物語全体について感想を少しだけ。原作がある映画でそんな語るのもどうなんと思いつつ、結局描かれたのは人間と文化の意味だったと思いました。なぜ天才は現れるのか、なぜ天才でないものも存在するのか。それってすべては文化を継承するためで、ではなぜ文化が存在するのかと言えばそれは世界と人間をつなぐため。的な。登場人物たちがコンクールの場で出会ったことで、互いに響き合い、成長し、ずっと引き継がれてきたバトンが更に継承されていく。軽い気持ちで見た映画だったけど、想像以上に重要なことを、映画という形で上手に原作を昇華して伝えてくれた、いい映画だったと思います。見てよかった〜。

*1:シネマシティは異様に音響設備がいいスクリーンがあることで有名

*2:しかしこの老いたように見える表情ほんとうにすごくて、20年後の松岡茉優が見えてしまうようだった