トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

友達の結婚

友達の結婚式に参列した。よかった。

 

新郎の姉からのスピーチという、変なタイミングで泣いてしまった。スピーチは特別上手なわけでもなかった。手紙をめくりめくり読み上げている。内容はとてもよかったが、感動させようという気配はない。なのに泣いてしまった。式は始まったばかりで、会場の誰も、スピーチを聞いている新郎すら泣いていなくて、このタイミングでおれが嗚咽をあげるのはどう考えてもおかしいだろ、と思って声は我慢した。

 

名前の呼び方に、時間の経過とそれでも変わらないものが表れている気がして、急に涙が出たのだった。きっと小さな頃から呼び続けてきたであろう、名前の一部を略した呼び方。スピーチの中でそこだけは、事前に用意していたわけではない、ずっと呼び続けてきた言葉なんだと思う。そこに姉弟、家族だからこその関係性が表れていて、永遠にそこにタッチすることができない、その面を知ることもできない寂しさと、だからこその貴さに感情の堰が切れた。すごいと思った。人と人が関わりあって生きているということの当たり前でなさに今更気がついたような感覚だった。

 

(もう一箇所泣いた場面もあったがこれはあんまりよくない泣き方(目の前の結婚式自体ではなく、それを自分に引きつけて想像した上で泣くという、集中してないがゆえの泣き)だったので書かんとこ。)

 

すごかったな〜。新郎も新婦もめちゃくちゃ愛されている。両親に姉弟に友人に…。普段は意識してなかったけど、よく考えたら尊敬できるところばかりで、当然ぼくも好きなわけだ。参加の連絡をするときに一言メッセージを書く欄もあって、その時は何書いたらいいか全然思いつかなかったのだが、今だったら言いたいことがたくさんあるな。こんな風になりたいな、大切にしたいな、と思える友人ばかりだ。というのを、新郎新婦も参列者も改めて思える機会だから結婚式とか披露宴ってみんなやるんすね。大発見。ごはんも美味しかったし(めちゃくちゃ余ってたので、全部クール便で自宅送ろうかと思った。もったいね〜〜〜〜〜今月末まで全食事まかなえるぞ)。

 

自分の感情を忘れないために書いた。泣く時は自分が大切にしていることとか、逆にコンプレックスがすごく現れる。普段は無意識であることが多いので、いい機会だった。

 

結婚おめでとうございます。末永くお幸せに…。

休学しとる

早起きしたのでブログ書く。休学中です。

 

いろいろあって大学院の休学届を出したのが先月半ば。休学と言っても実質的にはほぼ退学というか、小指の先だけがギリギリ大学院にかかってる状態。見る人が見たら退学に見えるし、そうじゃない人には老婆に見える。体の99%は空中に放り出されていて宙ぶらりん。ただ学生という資格を手元に残すためだけに休学しているので、3月末には退学が確定してます。教育を受けず、かといって労働もまだしていないわけで、やはりニートと言った方が正しいですね*1

 

休学が始まってから一ヶ月ちょっとが経った。早すぎる。最初の時期は特に何もせず、ただただ休もうとは思っていたが、だんだんと心身が回復してくるにつれ*2、欲と焦りが出てくる。せっかく休学しているのだから、なにか有意義なことをしなければ。この「〇〇しなきゃ」と思ってしまうのがぼくの悪癖です。自らノルマを背負おうとする。こなせもしないのに…。それで結局むやみに悩んでしまうのだから世話ない。虚無the堂々巡り。トロニーの堂々巡りに発電装置を組み込めば東京の夜がまかなえます。

 

それはそれとして、少しずつ調子がよくなっているのを感じる。開き直ったり見切りをつけたり一旦寝かせたり、思い切って休学をすることで自分なりの選択肢が増えた。というより、今まで選ばなきゃいけないと思っていた選択肢は本当は手放しても大丈夫なのだと、手放すことでやっと思えるようになった*3

 

手放した分だけ手が空いている。手を伸ばしてもバチは当たらないだろう。たまたま今が調子いいだけなのかもしれないが、ここからずっと上向きになっていくのだとあえて甘めに見積もって、気楽になって、多少は欲張ったり焦ったりしてもいいのかもしれない。いつでもそれを手放せるのだし。

 

ということで、ここしばらく書いてなかったが、日記もたまには更新していこうと思う。なにか目に見える習慣がほしい。休学中の近況報告もしたいし。半年後の自分が見返しておもしろいものになるといいですね。半年間か〜*4。なにするんですかね。無理になにかする必要は本当にないのだけど…。とりあえず今日は美術館行きます。おわり。

 

 

 

 

*1:言うまでもないですが、トレーニングもしてません

*2:途中に一回自転車事故を挟んだので、身は特に回復していない

*3:なったのか?知らんが…

*4:半年間って1ヶ月前からずっと言ってるが、もうすでに残り5ヶ月間しかない。光陰矢の如しすな

自分が好きな人たちのようには、もしくは彼らが好きな人たちのようにはなれない、みたいな。

 

タコス食べたい。おいしいから。

 

自分の欲求を分解することで得られるものと失ってしまうもの、的な。

 

のようなもの、めちゃくちゃよかったな〜って、一度見た映画をまた見たくなる。

 

「おしゃれな醤油差しがほしい」ってなんか恥ずかしいな。

 

家のお風呂に入るようになった。肌寒いし寂しいしやってらんないから。

 

秋は肌寒くて寂しくて気分がいい。雨も葉っぱもいい匂い。

 

やってて苦じゃないというだけで誰かにとっては大助かりらしい。

 

収入があるわけでもないのに300円のサバ缶を買ってしまって自分を責めた。

 

逆にgoogle日本語入力が存続してるだけでも感謝すべきなのかもしれない。

 

先月まで存在も知らなかったカフェに行くようになってもう少し町が好きになった。

 

寝る前に「本当に楽しかった」と思える日をたくさん作れるといいよね。

 

カフェラテばかり飲んでいる。「若いうちは、十分にラッテを飲まなくちゃ」だから。

 

ポケモンBUMP OF CHICKENの例のMVを見て、ディスクン星人の気持ちになった。

 

自転車が壊れて歩くようになって、まぁそれでもいいかって思う。

 

タフでグローバルになりたい、結局。

 

今おれに必要なのは一輪差しと醤油入れなのかもしれない。

 

「わよ」が結局いちばん柔らかい語尾なんわよ。

 

記憶力が悪いことがなにかの役に立ってると思ってみよう。

 

とかなんとか。

「死にてー」と頭の中で唱えることが頻繁にある。だが、これは「死にたい」と思っているわけではない。ただボキャブラリーがないだけだ。言葉にできない渦と混ざる感情を、とりあえず遠目で似ている「死にたさ」と便宜上呼んでいる。それだけ。雑草を「雑草」としか呼べないのと同じだ。自分の感情についての知識がない。

 

立ち止まってつぶさに観察してみると、この「死にたさ」は

・疲れ

・寂しさ

・焦り(やるべきことをやっていない、逃げたい)

・不甲斐なさ(理想とのギャップ)

などから来ていることがわかる。全部ひっくるめて、「満たされなさ」の範疇の中と言ってもいいかもしれない。欠乏を検知すると口が「死にてー」の形に動くという機構。

 

とすると、「死にてー」と思わないようにするには、この欠乏を埋めればいい、と思いつくのだけど、その前に「死にてー」と思うのはよくないことなのだろうか?よくないと思う。「死にてー」自体はいいが、「死にてー」と思ってしまう状況はよくない。火災報知器が鳴るのは火災が起きているからであって、自発的に鳴ろうと思って鳴っているわけではない。あくまで状況のアラートでしかない。このアラートを放置してしまうと、火は燃え広がってしまうのである。アラートに気づいて対処する必要がある。

 

なので、「死にたい」という考えが頭をよぎったときは、なぜ自分が死にたいのか、疲れていないか、寂しくないか、焦っていないか、不甲斐なさを感じていないかを確かめるべきだ。場合によってはその複合だったり、寒さ、空腹、退屈、睡眠不足、運動不足などが関わっている場合もある。

 

欠けているものの心当たりが見つかったら、それがなぜ欠けているかを考える。理由がわかれば、それに対処する(しんどいけど)。わからない場合は、美味しいものを食べてお風呂に入って温まってたっぷり寝る、もしくは人に相談する。気のせいか、天候のせいか、もしくは病気の可能性がある。素人には判断できないので、できれば病院に行く。病院に行く、もしくは予約の電話をする元気すらない場合は、うーーーん、とにかく寝て回復を待つしかない。このとき、「死にたい」という気持ちが実際に「死にたい」を意味しないことを忘れないほうがいい。と思う。わからない。自殺は、どん底の人よりも、そこから回復しつつある人のほうが実行に移すことが多いらしい。実行にもエネルギーが必要になる。一旦なにもかもを忘れて寝まくって、その谷を越えたい。

 

自分の場合、死にたさアラートが出るのは、焦りと不甲斐なさが原因のことが多い気がする(睡眠不足、運動不足、あと寂しさもある)。理想が高すぎて、現実の行動が追いついていないことが苦しい。これに対処するには、ジャンプ力をつけるか、もしくはハードルを下げる必要がある。あとは、そもそもの飛ぶべきハードルが間違っているのかもしれない。どこから手を付けるべきかというと、まずハードルを下げるべきだと思う。飛ぶ力を身につけるには、低いハードルから順に飛ぶのがいい。高すぎる理想を、今できる少し上に設定しなおす*1。昨日の自分と比べることも大事。最終形とか周りとかと比べると、マイナス点ばかり見つけて落ち込んでしまう。

 

というのが簡単にできればこんなことになってないわけで、能書き垂れてないでなんとか頑張ってくれと思う。頭ではわかっているのに身体が動かない時、どうすればいいのか本当にわからない。金縛りにあっているみたいだ。絶望感だけがある。おわり(BAD END...)。

*1:建築学科での設計課題ではよく「ゴミでも出せ」と言われていた。手が動かなくて完成しない人は、最悪の出来でもいいからまず形にすることが大事である。次の課題でその少し先に行ければいい

今月よかったもの September_2020

思考停止していたらいつの間にか9月が終わっていた。記憶が一切ありません。よかったものだけなんとか思い出そっと。

 

 

続きを読む

外出した (日記200925)

日記

 

食べたもの

朝→ごはん、豆腐ハンバーグ

昼→ガパオライスプレート

夜→ごはん、豆腐ハンバーグ

 

麻婆春雨食べたくなってきた。作り置きの豆腐ハンバーグのストックが切れたら麻婆春雨作ろう。麻婆春雨って作り置きしても大丈夫ですか?

 

 

 

今日は外出の日。楽しかった。

 

映画を見た。TENET。池袋グランドシネマサンシャインの、めちゃくちゃでかいimaxのやつ。映像がきれいとか音響がすごいとかよりも、まずでかさがよかった。説明不要の迫力。前評判通りのわけのわからなさだったが、「考えるな、感じろ」って映画の中で言ってたので、難しいところはスルーして見ていた。分からなくても凄さ、かっこよさが伝わってくる。

「納得」(=意志=感情=アイデンティティ)が大事にされた映画だと思う。押し付けられた理不尽に対して「うるせぇ、知らねぇ」と怒鳴り返せるかどうか、みたいな。主人公のパートナーであるニールも、ヒロイン?であるキャットも、ベクトルは違うけど自分の生き方を選んだ神聖さがあった。「反転する時間」というギミックはもちろんすごかったし、そこがこの映画の原動力だったのかもしれないけど、ギミックだけの映画では全然ないと思う*1。2回目見たい。味わいが全然違うんだろうな。

 

友達の家族がやっているお店でランチを食べた。とても美味しかったし、野菜が多くて嬉しかった。毎日でも食べたい。ところで、みなさんって知り合いがやっている店でどう振る舞ってますか?未だにわからなくて挙動不審になる。今日は少し喋り過ぎたかもしれない。会計しながらへらへらと感想を伝えてしまった。本当はあまり構わないでほしいし、なんなら気づかれたくもないが、かといってこちらが無視したり愛想悪くなるのも違う。ただひとこと「美味しかったブー」って言ってお腹をポンポン叩きながらさっさと店を出るのが正解かもしれない。今度からそうします。

 

髪切った。髪型いまだに何もわからない。なりたい髪型、ない。難しい。いろいろ試してみたい気持ちはあるが…。そもそも外見がマジでよくわからない。顔も髪も服も、自分の現状がどうなのかとか、何が似合うのか、とか全くの不明。理想も嗜好もなく、カラッカラの空虚。いつかわかるようになりたい。しかし試行錯誤しなきゃダメそう。髪の毛の試行錯誤って一個あたりにめちゃくちゃ時間かかるのによくみんないろいろ試せるよな〜。すごい。しかし外見にこだわりがある人のことが好きなので自分もそうなりたいんだよな。自分なりの価値観。

 

万年筆のインクを買いに文房具屋さんに。普通のよりも強めの、いい感じの黒を購入。ビンで買ったのだけど、これを使い切るまでに何ヶ月かかるのか。平日の昼過ぎなのに結構混んでいた。最近はインクから万年筆に入門する若者が増えてきたらしい。たしかに、インクのたまりやかすれなどの、なんとも言えない淡いは他では出せない持ち味である。日常に持ち込みたい気持ち、わかる。持ち込んじゃおっと。

 

そのまま近くのギャラリーへ。グラフィックデザインの新人賞。おもしろかった。色とシルエット。うちにもポスター貼りたい。パンフレット?作品リスト?みたいなやつ配られるじゃないですか、展示って。全部の作品にクライアントまで書いてあって、グラフィックデザイン(だからなのか?)おもしれ〜!ってなった。産業とか依頼主とかが絡んでくるデザイン領域めちゃくちゃ好き。作る人、作ってもらう人、使う人、見る人、その他社会、が、渾然一体となるからこそのおもしろみってあるわけです。おれも早くクライアントになりたい。建築もデザインも写真も音楽も料理も、なんでもクライアントになって作ってもらってみたい。将来の夢。

 

帰宅。ご飯食べてtwitch見て足が細くなるストレッチをやった。続け/かなさそう。面倒とかっていうよりも、単純に毎日やるっていうのを忘れそうで。自転車で事故ったときの怪我などがちょうど折り返し地点に来てる気がする。右膝と左肩と右手首。内出血やら捻挫やら。「普通がなんだか気づけよ人間」と言われてもわからなかった普通が、怪我をした時にだけよくわかる。治れば忘れてしまうけど。明日寿司行きます。たのしみ〜。おわり。

*1:マッドマックスが行って戻ってくる"だけの"映画ではないように