トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

和歌山の加太(かだ)という港町を敷地にした設計課題がようやく終了。7月中旬に現地と学内で発表をした。せっかくだし、振り返ろう。

 

この設計課題はスタジオ課題といって、何人かの教授がそれぞれ独自の課題を出す形式。学部時代の設計課題は50人が一度に同じ条件で設計するのだけど、このスタジオ課題だと教授ごとの特色を出すことができる。それに、各スタジオにはだいたい10人前後の人数制限もつくので、普通よりも集中的に指導を受けることもできる。らしい。

 

いくつかスタジオがあって、どれも興味深かった。「居心地がいい空間」的な、曖昧だけど重要なテーマを掲げているスタジオとか、「3Dプリンタを使った建築」という、テクノロジー先行のスタジオもある。特にこの3Dプリンタのスタジオはうちの研究室の教授が担当しているスタジオなので取るか迷ったのだけど、結局は加太のスタジオにした(自分以外の研究室同期が全員そっちのスタジオを取っていて寂しい気持ちに)。

 

理由はいくつかあって、地方を舞台にしていること、現地に行く機会があること、敷地と機能が具体的に定められていないため、自由で小規模な設計(ほかのスタジオはかなり大きめのものが多かった)ができそうだったことなど。それに、一人ではなくてチームで設計をするらしい。これが決め手となって、ぼくはこのスタジオを選んだ。担当の教員はかなり若い時期に准教授になった人で、彼の仕事のやり方にも興味があったのも事実。

 

 

そんな感じで、わりと胸をときめかせてスタートしたスタジオ課題だったのだけど、まあいつもと同じです。全部が全部うまくいくわけでもない。

 

序盤、リサーチとアイデア出しの段階では結構チームに貢献できていたと思う。自分から発言をし、他の人の意見を噛み砕いて共有し、場の空気に合わせて盛り上げたり冷静になったりする。こういうのは割と得意なのです。

 

しかし、現地を見学して以降、具体的な建築に落とし込む段階ではずっと心と手にブレーキがかかっているような感覚で、とにかく全てがよくなかった。貢献どころか迷惑しかかけていない。自分の考えがなくて発言もできない。体調が悪化した時期と重なったこともあって、しばらくは使い物にならなかった。使い物にならないと精神的にも参ってきて、さらにチームメンバーの進め方になかなか馴染めないというのもあり、絶望的な気持ちで製図室に向かう日も、なんなら製図室に向かえない日もあった。

 

うーん。なんでなんだろうな。いろいろ理由はあると思うんだけど、根本的な理由として、そもそも建築を建てるということにそこまで強いこだわりを持っていないというのがあると思う。

 

結局別に建築ってなんでもいいと思ってしまう。もちろん建築の形だとか素材だとか計画だとかも大事だとは思うのだけど、だって最終的に一番大事なのって人がどのように使うか、でしかないのでは?という気がするのだ。別に雑居ビルでも団地でもいいじゃんって(だからといって名作建築の価値を知らないわけではない。自分がそれを作る必要ってなに?となるのです)。

となると、自分の意見は特にないし、他の人の意見にもフィードバックを返すことができない。なにせ良し悪し自体がないような気がしてしまうからだ。自分の興味があるのはきっと企画とか経営とか、建築を発注する側、使う側で、設計ではないのだろうな。それに気づいたのは建築学科に入ってわりとすぐだったが、だらだらと設計課題を取り続けてしまったのだなぁ。作れる人になるのを諦めきれないでいた。

 

 

あと、もう一つ根本的な理由があり、設計はめんどくさいのです。作るというのはなんだってそうで、めんどうなんだよな。コツコツ積み上げては崩してを繰り返す必要がある。もっと楽をしたい。最終的には一つに決めなければいけない。決めるということは、他の全てを捨てることでもあって、それが決定的にできない。可能性は可能性として扱ってしまいたい。甘い。責任感がなく、決断は恐ろしい。しかし決断をしないと次に進めない。

 

てなわけで、スタジオ課題の中盤はまじで最悪の存在としてチームに負担をかけていた。

 

逆に、チーム全体としての方向性や、建築の設計が定まり始めた終盤はむしろ気が楽になってそこそこ役に立てたと思う。知らんけど。模型を作ったり、建築を利用する人たちの姿を想像して、彼らがどのような活動をするのか文章にしたり。

この文章を書くのは先輩の卒業制作のときにもやったのだけど、一瞬で書ける割には好評がち。もしかして向いているのか?というか、向いていない人が自分の思っている以上に多いらしい。絶対的に自分に向いていること(おれにしかできないこと)ってあるのかよ?と思ってしまうが、そうじゃなくて、要はこういう場所をいくつか確保するべきなんだろうな。しかし具体的になんて名前の能力なのかわかりませんが…。

 

現地での発表はいい経験になった。外部の人間である自分たちがどのように受け入れられ、拒まれるのか。縁の薄い土地でいかに仕事を進めていくのか。指導していた准教授は加太でのプロジェクトがあって、数年前から関わっているらしいが、その姿勢が参考になる。結局は人間であって、言葉であって、態度なんだと思う。曖昧だけど。

 

そんな感じである。かなりチームの二人に助けられて完成した課題である。ゲーム用語なのだろうか?チームでの対戦ゲームなんかで、自分よりレベルの高い人に、自分の実力以上の成績を出してもらうことを「キャリーしてもらう」みたいに言うのだけど、今回がそれだ。いい感じにキャリーしてもらって、綺麗な成果物ができた。ありがたいことである。

 

そういえば去年VRゲームのハッカソンで最優秀賞を取ったのだけど、このときもキャリーしてもらったな〜。あのときも今回の設計課題も、自分が役立たずだったとは思わないけど、それでも「別に自分がいなくてもよかったな」という感想が頭をよぎってしまう。自分がいたからこの形になったけど、いないならいないなりに、同じくらいいいものができたんじゃないか。いつもそう思う。あらゆる場面において、あらゆるレベルの決定的な役目を果たしたことがない。それは自分から避けたからかもしれない。

 

とにかく、チームや地元の人からいろんな学びを得たいい課題だったと思う。特に、チームの人たちの論理的な設計の進め方や、チームとしてのプロジェクトの動かし方はすごかった。尊敬する。デザイン能力とか、作業のクオリティも高かった。見習いたいものです。自分にはない技術やタフさがある。

 

今後は設計をする機会はほぼなくなるだろう。せめて卒業までに、今までの課題で設計した建物たちをブラッシュアップしていきたいが、実際やるかどうかはわからない(めんどくさいから)。しかしせっかくの学びを得たので、なんとかやっていきたいけどな〜。どうなんですか?わかりません。

 

わからないままこの文章を終わろう。ただ振り返っただけなのに、またたくさん内省してしまった。内省はよくない。