トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

ぼんやりにお金を払う

日記。

 

朝から個別指導塾のバイト。小中学生を対象とした、小さな個別指導塾で教えているのだが、まだ若い彼らは塾に通う意味も通わせてもらっている意味もてんで理解していない。基本的に渋々来ているのがほとんどで、だからだいたいやる気がない。授業中に喋ってばかりで説明も聞かなかったり、ずっと半分寝ていたりで、こちらも教えている甲斐がなくなっていく。だからこそ、そんな中でも静かに話を聞く素直な生徒はとてもありがたい存在である。この子のために頑張ろうと教え方を工夫したくなるし、自分もちゃんとしようとなる。しかし、それ以上に助かる存在もある。来ない生徒だ。結局何よりも尊いのは来ない生徒である。生徒が急に来れなくなった場合、または遅刻してしまった場合、その時間は時給をもらいながらぼんやりすることができる。塾側からしたら、ぼくのぼんやりにお金を払う形になる。ぼんやりにお金を払うってなに?罰?読書が捗る。

 

乃木坂のTOTOギャラリー・間に行く。建築専門の展示を定期的に行っているギャラリーで、その名の通りTOTOが運営している。文化事業なのだ。バックに巨大企業がついているから無料で入場することができるし、無料なわりに手が込んでいて見ごたえがある。今はベルギーの三人組建築グループ、ADVVT(architecten de vylder vinck taillieu / ヴィルダーとヴィンクとタユーの設計事務所、的な)の展示が開催中。先週あたりにギャラリー間の代表の方が大学でレクチャーをしていたのだけど、そのときの話がおもしろくて急いでいかなきゃ!となっていた。

 

ADVVTの設計はとてもかわいらしい。それに、敷地の条件などの文脈に沿っている。しかしどこか突拍子がない。たとえば素材。木を多く使いながらも、同時に鉄の梁や階段があったり、鏡面仕上げの壁材があったり、しかし既存部分はレンガだったりする。いろんなものが混ざっている。色も赤やオレンジ、原色の緑など派手な塗装が多い。素材も色も、結果的には魅力的な建築につながっているのだが、一方で場当たり的にも見える。

素材と色以外にも、「なんか感覚でやってない?おもしろいからってやってない?」というような要素が多い。寸法がやけにデフォルメされている部材、あらわしの断熱材、幾何学的なファサードなど…。普通、複数人で設計をするときって、ある程度決断に理屈が必要だと思うのだが、ADVVTはどうしても「とりあえずやってみて、よさそうだからGO!」という空気を感じる。それがADVVTの謎めいた部分であり、魅力だな、と感じた。11/24までなので、それまでにぜひ。

 

夜、友人たちとclub asiaでFFF。5月にも行ったイベントの第二弾。前回に引き続き、好きな人達ばかりが出ている。とても楽しかった。中トロラジオのOPを作ってもらったり、実際に出演までしてもらったゆnovationさんが今回もかっこよかったです。お客さん踊らせててすごかったな。中トロラジオなんかと関わる羽目になっちゃうなんて…かわいそうに…。新曲よかったのと、今回もマッシュアップがカッコよくて笑いました。

他に見た人の中だと、cherryboy functionがめちゃくちゃよかった。低音がとにかく腹に響く。それでいて曲自体はキャッチーで踊りやすく、その場にいた人たちの体力を一旦回復させた上で踊らせまくっていた。club asiaからの帰り道に、本当によかったな〜と思ってapple musicで曲を聞いたが、いや、いい曲ではあるが物足りなく感じてしまう。やはり振動が伝わる現場だからこそあんなに盛り上がったんだな〜と、またcherryboy functionさんのパフォーマンスをみたい気持ちになったとさ。

その他にも、いちいち書き出すとキリがないくらい、みんなよかったです。abelest、imaiさん、PARKGOLF、STUTS、in the blue shirt、isagen、avengers in sci-fi、tomad…。ちらっとだけ見たぷにぷに電機もかっこよかったな〜。FFFまたやってください…行くので…。

 

昼に建築の展示を見て、夜にクラブに行った日だった。人の作ったものに触れて、なんだか、自分も何かを作りたい、創作したいと思ってしまった。

 

ADVVTの模型や建築写真を見て感じたのは、結局モノの力ってすごいなということ。3Dの実体はその場に宇宙を生む。要素がそれぞれ関係しあい、蜘蛛の糸のように絡み合う、意味の集合体ができあがる。そして主体となる人間がさらにそこに挿入され、複雑な反応が常時スパークする。建築のおもしろさはそこにあると思う。この、感覚や関係の相互作用は当然すべてのものにあり得ることだが、立体物になると複雑さが跳ね上がる。それをコントロールするために試行錯誤して設計していく。なんて豊かなんだろうと思う。ぼくはいつの間にかドロップアウトしてしまったが、建築設計ってやっぱりおもしろいのだ。そして、建築について書いてきたが、これは案外なんにでもあてはまることである。その複雑さとか粒度とかが異なるだけで、結局たぶんやってることは同じ。そしてそれはだいたいおもしろいのだと思う。

 

一方クラブでは、創作物、ここでは音楽、が人に与える影響に思いを馳せた。ステージの上に立つ出演者が音を出す。その音を聞いて観客が熱狂し、踊る。当然ぼくもテンションが上って拳を突き上げたり叫んだりもするのだけど、なんか納得がいかない。一方的で腹が立つ。勝ち負けなんて存在しないはずなのに負けた気がする。自分でもよくわからないのだが、この関係ってミュージシャンと対等じゃないじゃないですか。当たり前ですけども…。無数のファンの中の一人でしかないのが気に入らない。認知されたいとか、特別なファンになりたいという意味ではない。消費側でいる限り、対等になれない気がする(生産(供給)と消費の場に置いては)。恥をしのんで言うと、ぼくも自分の作ったもので人を熱狂させたい。熱狂じゃなくてもいいけど、影響を及ぼすようなものを作りたい。なんなんですかね、この気持。不遜だし、なんか筋違いな動機の気もする。

 

そんな感じで、モノ作るのっておもしろそうだな〜っていうのと、作ってる側ってすごすぎるな〜っていう二本立てのおかげで今なんかもうなんでもいいから作りたい、作らなきゃ嘘じゃん、みたいな気持ちです。何しよう。知らん。こういう気持ちになった上で結局なにもしないの人生で何回もやってきてる。小さいこと、おれにもできることから始めたいですね。おしまい。