トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

管になる

突然変なことを言いますが、人は管になるために生きている。と、思っています。管というのはアレです。中が空になっている棒のことです。人間のやるべきことは管になること。ただのそれだけ。

 

的なことを考えるようになってのはなんでだったか。自分が今まで与えられてきたものが、とんでもない積み重ねの果てに成り立っていることに気づいたからだったと思う。たとえば教育とか、文化とか、遺伝子とか。どれもこれもが何十年もかけて、大げさに言うなら人類誕生以来20万年ほどかけて少しずつ今の形になってきたものなわけだ。ぽっと出の素人じゃない。少しずつ 少しずつ積み上げて磨かれて今の姿になっている。そこには想像できないほどの数の人間が関わっている。それぞれのターンにそれぞれができることを、やりたいことをやって、結果的に次に継承されていく。

 

それは生物全体がそうなのかもしれないけど、教育とか記録とかっていう形で後世に残していくのは人間の特徴なわけです。最近はそれが人の生きる意味なんだろうな〜とぼんやり思っている。前の世代から受け取ったものを、次の世代へと渡す。それが管。流れの一部になる。

 

もっと変なことを言う。流れとはいっても、世界はそんなに流体でもない。形のあるものでできているし、形にしないと残らない。流体なのは自分の頭の中だけ。今までの積み重ねで構築された世界を噛み砕いて、咀嚼して、自分の中に取り込む。そして、そこに少しだけ何かを付け加えて(なくてもいいけど、なくそうと思ってなくなるものでもない)組み立てて形にする。それを繰り返していくと流れのように見える。実際はバケツリレーみたいに地道なことなんだけど。

 

人はなにかと教えたがるし育てたがる。子どもとか部下とか後輩とか生徒とか。あれは本能なんだろうな。さらに言うと継承をテーマにした作品が多いのも、それが人間に通底するテーマだからなんだろう*1。そもそも親子、どころか、人と関わる限り何かを受け取って何かを渡すことは必ず発生するわけだし、それを描かないわけにもいかない。っていうこともあるんだろうけど。

 

なんのために生まれて、なんのために生きるか?受け取ったものにひとつ加えて次に渡す、というのが今のところのぼくの答えです*2。しらんけど。

*1:特に少年漫画に多い気がするがこれはなぜなんだろう

*2:最近は受け取ったものをきちんと咀嚼・吸収できていない気がしていてかなり具合がわるい。意識したい。