トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

ヘアブラシを嗅げ

「ヘアブラシってどんな臭いがするんだろう」と思ってしまった。歯を磨き終わり、ふと洗面台に目をやる。ここ2年くらい使っているヘアブラシが無造作に置いてある。手にとって、そういえば一度も洗ったことがないな、ていうかブラシってどう洗えばいいんだ、とか思いながら、少しずつ鼻に近づけていく。呼吸はあくまで自然に行う。別に変な臭いもない。鼻先三寸までの距離。あれ?案外大丈夫そうじゃないか。そしたらば遠慮はいいや、思いっきり嗅いだれ。ブラシの毛が鼻に入るくらいまで一気に近づけた。

 

くっせ〜

 

すごい。「酸」の臭いだ。汗の臭い。生命の臭い。そして有機体が死んだ後の臭い。全ての「いのち」がここに行き着く。生そのものであると同時に、死でもある。この臭いが象徴するのはつまり森羅万象の流転、輪廻、沙羅双樹の花の色。くさすぎ。0距離のヘアブラシ、臭の極み。

 

皮脂やらなにやらがこびりつき、洗面台の湿気でふやけ、かたまり、さらに新しい脂が塗り重ねられ、そして繰り返されてきたのだろう。地獄絵図だ。マクロで見れば些細な日常の一幕も、ミクロで見れば墓荒らしと墓守の攻防戦だった。結果として悪臭の悪魔としてこの世界に受肉してしまったのがこのヘアブラシだ。おれが、これを、生み出した。

 

目を閉じて天を仰ぎ、大きく深呼吸した。洗面台にお湯を溜め、少し石鹸をとかし、ヘアブラシをつけ置く。禊。ごめんな、今まで雑に扱ってきて…。inliving.とかだったらこんな風に臭くならないんだろうな。おれが脂ぎっていて怠惰な人間だから…。でも逆に「年頃の娘」の悪魔がいたとしたら、十字架みたいにこのヘアブラシさえ持っておけば近づいてこれなくなったりするんだろうな…。あと、これだけ臭いと逆に漢方的には万能薬みたいな扱いされたりするかもな…。

 

とか考えながらジャバジャバとお湯をかける。できる限り細かい部分まで汚れを落とし、洗面台にたてかけた。うやうやしく鼻を近づけてみると、決して無ではないが、しかし不快なほどのニオイはない。これからは大事に使おう。生きているだけで害となりうることを忘れないように、立つ鳥跡を濁さずの精神を、息をしているだけの時でさえ忘れないように…。

 

2020年7月9日、ぼくは少しだけ大人になった。