トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

日記 200805

たまにめちゃくちゃブログ書きたい!と思う瞬間が訪れるのだけど、たいていすぐに全部忘れてしまう。別に大事なことじゃなかったのだろうと思うけど、その些末なことを取りこぼしたら誰が覚えててくれるの、とも思う。ブログを書きたくなるのはおおよそ小説を読んだあと、もしくは家事を片付けたあとで、 「これ忘れるのはもったいないな」と惜しくなるような事柄が頭に浮かぶ。今は保坂和志の小説を読んでいて(草の上の朝食)、自分もこんな文章を書いてみたいな、と触発されているのかもしれない。それと、家事をしている最中は頭の回転がアイドリングしている感じで、だからその過剰エネルギーをどこかにぶつけたくなるのだと思う。思いついたらその場ですぐにパソコンを開き、ためらわず文字を打ち込めばよいのだけど、別にそこまでする必要もないか、とスルーして、ほとんど同じくらいする必要のない作業(SNSを見たり読書したり食事したり)をして、そのうち全部忘れる。

 

こういう、ふとした時に思いついた断片をどこかに記録したくて、一度音声入力を使ってみようと思いついたのだけど、これが案外向いていなかったので今は諦めている。頭の中にあるふわふわした思考をそのまま文字にできる気がしていたが、やはり声に出す前に言語化する必要があって、これが難儀だった。この過程で、つい体裁を整えようとしてしまうので、入力された文字を見ると恥ずかしくなってしまう。取り繕った文章が、自意識を感じさせる。もっとこう、ほつれたセーターの端っこを引っ張ったら一本の毛糸になってしまうみたいに、ととととととと思考が文章になればいいのに。

 書こうと思って書くと、書こうと思ったことしか書けないから、最初に書こうと思っていたものとはかけ離れてしまい、もどかしくなる。選んでしまうし、取りこぼしてしまう。別にそれでもいいんだけど。もっと夢をみるみたいに文章(ていうか日記)を書けたら、無意識の自分をバックアップできる気がする。

 

今まさに、無意識の自分をバックアップしたい瞬間で、なぜなら中退を考えている最中だからだ。中退の可能性を考え始めてからというもの、季節で犬の毛が生え変わるように心が楽になっていっており、我ながら興味深い。ここ数ヶ月間、COVID-19流行の影響もあり(小さな波紋が重なり合って大きな波になっていくように)精神が不調になっていて、要するにもう何をするにも疲れてしまっていたのだけど、その結果単位の取得も修士研究もうまくいっておらず、このまま続けても中途半端にしんどいのが続くだけだな、と思っていたところだった。そんなとき、「すでに大学を卒業しているのならば、必ずしも大学院を修了しなくても大丈夫」的なことを内々定をもらった企業との面談で言われてたような、と思い出した。数日経った後にようやくメールで質問し(本当に最近疲れていて、メールも千載一遇の好機が来ないと送れない身体になっている)、つい先日確認が取れたばかりである。論文を書かずにこのまま大学院を辞める。すでに選択肢には入っている。いざというときの切り札だ。

 

まぁ逃げと言えば逃げだし、人間修羅場を乗り越えた数だけ成長する、ともよく聞く。だから多少後ろめたいんだけど、もう勘弁してくれ、というのが本音です。半年間、自分のペースで生活がしたい。本を読んだり映画を見たりゲームをしたり、バイトをしたり、習得したかったスキルを勉強したり、その他諸々、一旦自分自身を虫干ししてみたい。と思った。メンテナンスというか、整理整頓というか。社会に出る前に、いよいよそんな時間が必要だな、と思っている。

 

ちゃんとできる人はすごい。尊敬する。ぼくにはできない。なにも。自分もやればできると思っていたが、全然そんなことはなかった。「ちゃんとする」ことにずっと憧れていたが、やっぱり大学入って以降、自分は全然ダメなんだと次々気付かされていた。その状態を否定するように、最低限クリアしなくてはならないところを(高いハードルをくぐり抜けるようにして)突破してきたが、よく考えたら「全然ダメ」でもいいんじゃないか?と今思えるようになった(心境の変化とかでは全然なく、単純にそう思っても大丈夫な場所に出たというだけだ。仮に修士号必須な企業に内定していたら、この先の半年も苦しみ続けていただろう。そう考えると別に主体的な人間に成長したわけでもない)。全然ダメな人なりの時間の使い方をしてみようと思う。それができるかどうかは、正直新しいバイトが見つかるか、とか、両親からの仕送りをどの程度継続してもらえるか、なんていう結局お金の部分になるのだけど。

 

とかなんとか。

は〜。「まぁ逃げと言えば逃げだし、人間修羅場を乗り越えた数だけ成長する、とかもよく聞くから多少後ろめたいんだけど」とか思ってしまうのやめたいね。どっちを選択したほうが幸せか、はっきり分かってるつもりなのに、まだ常識に引きずられてる。常識より自分自身のほうがよっぽど大事だって分かってる。なので前向きに選択していきます。おわり。