トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

枯渇(日記 200916)

日記

 

食べたもの

朝→無

昼→野菜の味噌汁、白ごはん

夜→餃子、ブロッコリー、ゆで卵

その他→ミロ

 

味噌汁にゴーヤ入れた。何入れてもおいしい。

 

沖縄県産 ゴーヤー2kg

沖縄県産 ゴーヤー2kg

  • メディア: その他
 

 

ブログ書くぞ〜と気合を入れないと書けなくなっており、逆説的に習慣の力の偉大さを思い知る。毎晩書いていた頃はそれが当たり前だった。今はもうブログを書くタイミングが見つからないし、仮に書く段階になっても何を書けばいいのかもわからず、入力欄を前に腕を組んで唸るしかなかったりする。こないだ友人に「習慣は60日で作られる」と聞いたが、習慣を破壊するのは10日程度で十分なのかもしれない。

 

一日中ぐったりして過ごした。睡眠の習慣がぶっ壊れており、そこから起因して生活そのものもぶっ壊れている。ここ数年ずっと早寝早起きができない、試みてもすぐに挫折する、そんな生活を送っていたのだが、先月あたりからそれに拍車がかかった。朝日が昇ってからようやく寝る支度をする。昨日も明け方までずっとtwitchでゲーム配信を見ていた。何もする気が起きない時につい見てしまい、一度アクセスすると抜ける判断ができず、ずるずると限界まで見てしまう。

 

自分の意志で切り替えができないというのが最近の私で、よくないな〜!って思いながら配信を見ているとき、グレッグ・イーガンの「ぼくになることを」を思い出す。頭の中に脳のバックアップとなる「宝石」が入っていて、完璧な引き継ぎができるように、脳と全く同じ情報がインプットされる。語り手は脳から宝石にスイッチすることを不自然だとして、自分の頭の中の宝石を取り出そうとする。だが、不意に自身の意識が宿るのが「脳」なのか「宝石」なのかわからなくなってしまう、という話。最近読んですごくおもしろかったと同時に恐ろしくもあった。

 

今、この体をコントロールしているのは自分ではないような気がする。思考する意識はコックピットに座ってはいるが、操作するのはダミーシステムなんじゃないか、というような。それくらい最近は自分の手綱を握っている感覚がなく、そもそも今までも握れていたのかすら思い出せない。頭の中に描いた理想の行動と実態がかけ離れていることが苦しい。*1

 

昨日話した人に、ぼくの状態をさして「モチベーションが尽きており、自分で決断ができていない」と言われた。ヘラヘラするしかなかった。認めたくないが納得感がある。確かに、最近は何をするにも絞り出すように足を踏み出すか、流れに身を任せるしかできない。こういうのは自分で気づけないものなんだなと、変に冷静に思った。自分の状態が正常だと思いたがるというか、強いバイアスがかかって、なかなか正しい処置ができなかったりする。いろいろと事例もメタファーも用意できるけど、おれには分かってるって思いたくなるけど、それでも自分のこととなる簡単に見誤ってしまうな。なにも間違っていない、これで大丈夫なんだと、欲を張って主張してしまう。実際どうなのかなんて、本人が一番わからないのに。

 

っていう暗いブログ書きたくね〜!楽しくやっていこうよ!この話終わり!!!はい散った散った!!!!全部いったん置いといて、とりあえず美味しいもの食べにいこ!!ね!!!!

*1:今更なのだけど、こうやって自分の悩みとか内省をブログに書くのってどうなんですか?絶対にモテなくない?自信がない人、自己肯定感がない人と一緒にいたいってなかなか思えないのでは?まぁそもそもブログ書く人がモテたことって有史以来一度もないらしいですが…。自分の心情を吐露するブログって割と損なのではって思うようになりつつあるな