トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

「死にてー」と頭の中で唱えることが頻繁にある。だが、これは「死にたい」と思っているわけではない。ただボキャブラリーがないだけだ。言葉にできない渦と混ざる感情を、とりあえず遠目で似ている「死にたさ」と便宜上呼んでいる。それだけ。雑草を「雑草」としか呼べないのと同じだ。自分の感情についての知識がない。

 

立ち止まってつぶさに観察してみると、この「死にたさ」は

・疲れ

・寂しさ

・焦り(やるべきことをやっていない、逃げたい)

・不甲斐なさ(理想とのギャップ)

などから来ていることがわかる。全部ひっくるめて、「満たされなさ」の範疇の中と言ってもいいかもしれない。欠乏を検知すると口が「死にてー」の形に動くという機構。

 

とすると、「死にてー」と思わないようにするには、この欠乏を埋めればいい、と思いつくのだけど、その前に「死にてー」と思うのはよくないことなのだろうか?よくないと思う。「死にてー」自体はいいが、「死にてー」と思ってしまう状況はよくない。火災報知器が鳴るのは火災が起きているからであって、自発的に鳴ろうと思って鳴っているわけではない。あくまで状況のアラートでしかない。このアラートを放置してしまうと、火は燃え広がってしまうのである。アラートに気づいて対処する必要がある。

 

なので、「死にたい」という考えが頭をよぎったときは、なぜ自分が死にたいのか、疲れていないか、寂しくないか、焦っていないか、不甲斐なさを感じていないかを確かめるべきだ。場合によってはその複合だったり、寒さ、空腹、退屈、睡眠不足、運動不足などが関わっている場合もある。

 

欠けているものの心当たりが見つかったら、それがなぜ欠けているかを考える。理由がわかれば、それに対処する(しんどいけど)。わからない場合は、美味しいものを食べてお風呂に入って温まってたっぷり寝る、もしくは人に相談する。気のせいか、天候のせいか、もしくは病気の可能性がある。素人には判断できないので、できれば病院に行く。病院に行く、もしくは予約の電話をする元気すらない場合は、うーーーん、とにかく寝て回復を待つしかない。このとき、「死にたい」という気持ちが実際に「死にたい」を意味しないことを忘れないほうがいい。と思う。わからない。自殺は、どん底の人よりも、そこから回復しつつある人のほうが実行に移すことが多いらしい。実行にもエネルギーが必要になる。一旦なにもかもを忘れて寝まくって、その谷を越えたい。

 

自分の場合、死にたさアラートが出るのは、焦りと不甲斐なさが原因のことが多い気がする(睡眠不足、運動不足、あと寂しさもある)。理想が高すぎて、現実の行動が追いついていないことが苦しい。これに対処するには、ジャンプ力をつけるか、もしくはハードルを下げる必要がある。あとは、そもそもの飛ぶべきハードルが間違っているのかもしれない。どこから手を付けるべきかというと、まずハードルを下げるべきだと思う。飛ぶ力を身につけるには、低いハードルから順に飛ぶのがいい。高すぎる理想を、今できる少し上に設定しなおす*1。昨日の自分と比べることも大事。最終形とか周りとかと比べると、マイナス点ばかり見つけて落ち込んでしまう。

 

というのが簡単にできればこんなことになってないわけで、能書き垂れてないでなんとか頑張ってくれと思う。頭ではわかっているのに身体が動かない時、どうすればいいのか本当にわからない。金縛りにあっているみたいだ。絶望感だけがある。おわり(BAD END...)。

*1:建築学科での設計課題ではよく「ゴミでも出せ」と言われていた。手が動かなくて完成しない人は、最悪の出来でもいいからまず形にすることが大事である。次の課題でその少し先に行ければいい