トロログ

トロニーのブログ、略してトロログ。

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ウメモドキと百合を買った。今住んでいる町の花屋さんは結構無骨で、店にいってもあんまりワクワクする感じではなくて、引っ越してから結構経つけどまだ2回くらいしか行ったことがない。最近玄関先をきれいに整えたので、花飾れるな〜と思って買いに行った。百合と菊が好きなので、どちらか淡い寒々とした色のものがあればほしいなと覗いてみたら、それに差したらよさそうな赤いウメモドキが先に見つかった。ある春にバイト先で、花見と称して応接室で木瓜の花の枝を眺めてビールを飲んだことを思い出した。あのときの木瓜の枝を1/5にスケールしたようなウメモドキだった。それと白い百合を買って、家に帰った。

 

家に帰っても普段花を飾ることがほとんどないので花瓶があるはずもなく、一瞬迷って少し前まで使っていた水筒に差すことにした。結構格好いい。百合の茎が長すぎたのだけど、持っていたはずの切れ味鋭いハサミをいつの間にか失くしていたので、仕方なくまな板と包丁を取り出して、エイヤと断ち切ることにした。水筒も包丁も洗ってまた使う。別にいいじゃんねって感じ。

 

ウメモドキは彫刻のように微動だにしない。それに対して、百合は見るたびに姿を変えている気がする。夜閉じていた蕾が次の朝には1つ開いている。開いた花弁は徐々に萎れて、それを隠すようにまた新しい蕾が開いていく。白い百合だとしても、やはり花、というか雄しべと雌しべが派手で、いっそのこと押し付けがましい生命力を感じる。葯の花粉の茂り具合とか、柱頭のてらてらした滑りとか、見るたびにちょっとウケてしまう。人の部屋でめちゃくちゃ生殖しようとしてんな。

 

猫や犬がそばにいてくれたら楽しいんだろうな、と思うことはかなりあるが、一方でペットショップで動物を買うことには強い抵抗を覚える。だから将来ペットを飼うことがあるとしても、それは保健所から引き取るなり、里親になるなり、自分のエゴと釣り合う程度の理由を見つけてからだなとよく思う。もしくは雨に降られている捨て犬に傘を差しつつ「お前も一人か…」って呟くとかして。「寂しいから」という理由でペットを買うには、その動物の命を救うくらいの大義がないと自分の中で折り合いがつけられないと思い込んでいる。

 

それはともかくとして、じゃあ花屋で花を買うのとペットショップで子犬を買うのってどう違うんだろう、という疑問が頭に過ぎった。こんな子孫残す気満々な姿(花って全部そうか)を見たら、生物〜〜〜って今更気がつく。気分が上がるからって花を飾るの、キショいなって一瞬思う。

 

(花とは一切関係ない話なのだけど、前に下北沢を歩いていたら、ペットショップの前に呼び込みの店員が立っていた。ペットショップのキャッチってなんだよ、って思ってウケていたのだけど、よくよく見たら手には子犬を抱えており、その雑さと生命を扱っている感覚の薄さに血の気が引いてウケが消えた。ペットショップは基本的に邪悪な存在だと思っている)

 

とはいえ、花を飾ると気分が上がるのは事実ではある。劇的に生活が素敵になるわけではなく、ただ作業中にふと顔を上げた時にきれいなものが目に入る程度なのだけど、それをするたびに「オー」と思うだけで十分意味がある。インテリアを揃えたり、アクセサリーを身に着けたりするのはこれと同じことなのだろうけど、花は枯れるから格段にいい。おわり。